プロローグ 〜皆の諸事情〜
「節分の日、二月三日は豆まきをして「鬼(邪気)」を払います。
豆まきには悪魔のような鬼の目"魔目〔まめ〕"にめがけて豆を投げれば"魔滅〔まめ〕"すなわち魔が滅するという意味があると考えられています。
そのため、節分の豆まきの際は豆を投げながら「鬼は外」と唱えます。また、古来鬼は"陰〔おに〕"と言われ、姿の見えない災いなどを総合的に指す言葉でした。しかし、陰陽五行説の考え方を用い占いを行うようになり、鬼は「毛むくじゃらで身のたけが高く、筋肉質で丑寅〔うしとら〕の方角から来る」などの具体的な形に変化したそうです
——……で?」
ここはレゼーヌ城、アルディメント騎士団団長室。アリシアの持ってきた分厚い本の一部を読み上げるアリアナと、大量の書類に囲まれるアレックスの視線に痛みを感じるほど、彼女は敏感ではない。
「だからね?私は、こう考えたのよ!
最近お姉さまの元気がないのも
最近アリスが変なのも
最近貴女が忙しいのも
ぜーんぶ、この儀式をやってなかったからなのよ!
私たちの国で見落とされたこの儀式が行われない事によって今まで……その、厄?が溜まって溜まってきていたの!今回を逃すときっと、大変なことになるわ!!!」
そう息まくアリシアの横で、アリアナは一人考察する。
——マリア様の元気がないなんて、牛乳かアクア関連以外にないわ。アリス様の様子がおかしいのは……あら?もしかすると……いいわ、後で探ってみましょう。そしてアレックスが忙しいのは、最近ではなくいつもの事ね。
「いい?明日、城で豆まき会を開くわ!全力で厄を追い出すのよ!わかった?よろしくね!」
そう言い残し、返事も待たず退室する王女アリシア。
「……」
「はい、アレックス。これ判子」
「あ、ああ」
何だったんだ今のは、と呟く暇も与えられず、アレックスは仕事に戻った。
第一章 ~全力で気持ちよく追い出しましょう〜
厄日とは、その日一日厄が執拗に追いかけて来る日の事を示す。
ターゲットが途方に暮れ、ああ散々な一日だった、と呟いて眠りに就くまで厄はその粘着質であろう体質を駆使し、ゆく先々で災難な目に遭うターゲットを見て至福を味わうのである。
節分について
二月三日、本日節分なり。
節分の日とは、節分であるからして、豆を撒き、厄をはらう重要な儀式である。
そしてここに、モラン・ローゼンタールを鬼と定め、日没5時までこの者に全力で豆を投げつけるなりなんなり自由とする。
以上。
「……何だこれは……」
カアカア鳴くハヤトのその翼よりもなお黒い腹を持つ、レゼーヌ城の鬼護衛。
彼は掲示された貼り紙を見て、あっけにとらわれていた。
おそらくかの有名なアルディメント騎士団の団長直筆のそれは、適当さに加え軽い悪意が籠っている様な気もする。
「モラン!ねえ!」
「はい?」
ばらばら、と降ってくる豆。
モランはそれを顔面に受けた。
「うふふっ。鬼は外―!」
「……姫様。これは——『鬼は外ー!!』
「なっいっ!」
容赦なく襲ってくる豆。
「うっ。紫乃!ローリア!お前ら——「鬼はだまっていてください」
2人は豆をおはじきの様に爪で弾く。
ぴしっぴしぴしぴし
「いっ痛いいいいた」
「ぷっ。モラン(笑)」
「モランさん(笑)」
「そうよ、2人とも、その調子! どんどん当てて!」
『はーいっ!』
不覚にも、モランは逃げ出した。その場から。アリシアのほほ笑む場所から。
第二章 ~先生、へタレがなんか投げてきます~
「あー。モランさんじゃないですかーあはは」
「あははって……」
レゼーヌ城北の庭園、こんもりとしたちいさな森で、モランは さわやかへタレ野郎の アクアに出会った。
「私もあの貼り紙見ましたよー。モランさん——あ、鬼さん?」
「黙れ」
アクア×モラン=眉間の皺、という公式は覚えるまでもない。
「鬼に豆を投げないと、厄が払えないんですよね?あー、でも……豆もってないや」
「残念だったな。じゃあ——!?」
さっ、と風がモランの頬を薙いだと同時に、モランの後ろの木に突き刺さる手裏剣。
「これ、豆だと思ってください(笑)」
「いやいや意味わからんっ! なっ! くっ!」
続けざまに襲ってくる豆(手裏剣)。
さわやかへタレ⋂(かつ)最強の商人、アクアを敵に回したくないとは、この世の誰もが願うことだ。
エイッ(ノ ̄∀ ̄)ノ========卍卍д ̄;)ノ グハッ!!
ツキガアマイナ °°-y( - o - )ノ∋━━━∝\(--)
第三章~栗には栗を~
「ふっ」
ばしゅ
「っつ!」
「ははは!やーい下衆野郎!どんくせ――な……」
きゅぱ
モランは頭に刺さった吹き矢を無言で抜く。
その目に、無類のかまってちゃん——ルチールは固まる。
「な、なんだよ。うっ・・・見るなよ。なんなんだよ」
モランは吹き矢の先端に、所持していた小刀を差し込んだ。
「う、うわあああああ!!!」
そのまま振りかぶったモランにくるりと背中を向け、木々の間を走りぬけていった弟に、モランは大きなため息をついた。
゚★。.:*:・'゚☆。.:*:・'゚ 。.:*:・'゚☆。.(ノ ̄▽ ̄)ノ五分後ー☆
「ううっ、マレート……あいつ全然倒せないよ、くそっ」
「全く、なよいわねルチール」
なよい、と言いつつもルチールの肩を支える、双子の妹マレート。
「うざいよぉーあいつやだよー何でもできるし兄貴のばかやろー」
「ちょっと、大声で叫ばないでよ」
そしてマレートは、茂みの中から大きなカゴを取り出す。
「目には目を、って言うでしょ?」
カゴの上を覆っている布を捲ると、そこには……——。
゚★。.:*:・'゚☆。.:*:・'゚ 。.:*:・'゚☆。.(ノ ̄▽ ̄)ノ五分後ー☆
「あ!いた!おにいちゃまー!」
「マ、マレート……」
可愛い妹がかけてくる姿に思わず身構えたモラン。今、モランの頭の中では警報が鳴り響いていた。
——マレートがこんなに笑顔で俺の元へかけてくるなんて……
絶対に裏がある。
「でやっ」
しかしその妹の投げたそれは、モランの予想を超えていた。
「とうっ」
それは、軽やかに地面へ着地し、キメポーズ。
「ルチール様、さんjy「馬鹿か」
べしぃ、とデコピンを命中させるも、横からまたも飛んできたものには対処できなかった。
「鬼はー外ぉー!」
「ぅ痛っっ!!いった!」
しっかりと手袋をはめたマレートはにっこりと可愛くほほえみ、言った。
「栗には、栗よ!!!」
囮作戦、成功。
第四章~最強の厄払い~
「マレっ!マレート!やめっろ!いっ」
「でやでや!」
妹にいがぐりを投げつけられるモランの姿は、見ているだけで痛くなってきそうだ。
「やーい、妹にいじめられてやんのー!だっせだっせ」
「ルチールお前っ!」
モランが殺意のこもった目でルチールを睨めつけた、その時。
上でばさばさと何かが茂った枝にぶつかる音が聞こえたかと思うと、モランの頭頂部に何やら白いものが落ちてきた。
「ぐっ」
白い袋に詰まっていた2キロ程の大量の豆が、落ちた衝撃によって袋からあふれ出し、倒れたモランの周りに降り注いだ。
゚★。.:*:・'゚☆。.:*:・'゚ 。.:*:・'゚☆。.(ノ ̄▽ ̄)ノその頃☆
「ちょ、アクア!何やったの!?」
「あ、マリア」
その頃、レゼーヌ城の北側バルコニーで、大量の豆が入った袋がうずたかく積まれていた。
「これ、手配違いでこっちに運ばれちゃったんだよねー。本当はあの庭へ運ばれる予定だったんだけど」
アクアが指差したのは、遥か下にこんもりと茂った森のもっと右側にある芝生の庭。
「配達屋帰っちゃったし、一人でこれ運ぶのは面倒だったからさー」
「で?」
「投げた☆」
さわやかにそう言い放つアクア。
「いや、だめでしょ。……あー。……でも……」
「あはは、マリアも投げてみる?」
「え、いいの?」
誰も止める者のいないバルコニー。
「うりゃぁ」
王女の肩書きを疑わせるような掛け声にもかかわらず、品位を失わない(といっても、おそらくは変わった種類の品格であろうが)のは見事としか形容できない。
「あー、マリア結構はずしたー。もっと右でしょうがー。森に落ちちゃったよー」
「えー? じゃあアクアもやってみなさいよ」
そのまま二人の豆投げ会が始まった。
「ほらーアクアだってはずしたじゃないの」
「あれー? あはは」
「あ、またさっきと同じとこに落ちた」
「僕のもなんかいっつもそこに落ちるなぁー。なんでだろう。……あ、以心伝心って、このことかなぁ?」
「わ、わけわかんないし///」
テレ隠しか、せっせと豆を抛るマリア。二人の投げた袋は何故か、ある一定の場所に落ちていた。
まるで誰かが謀っているかのように——。
゚★。.:*:・'゚☆。.:*:・'゚ 。.:*:・'゚☆。.(ノ ̄▽ ̄)ノその頃☆
「う、うう」
モランは重い瞼をあげた。体が大量の豆に埋まっていたが、彼はどうしてそんなことになっているのかも理解できなかった。
「なんでこんなに豆が……?」
豆をかき分け、少し体を起こす。と、モランの手になにか豆ではないものが触れた。
「……?」
探ってみると、細長いものの感触。もしやと思いひっぱりだすと……
「……!め……め……」
それは見るも無残な姿でモランの前に姿を現した。
「嗚呼……。め、……メイリア……何故……俺の……メイリア……二世……」
折れて使い物にならなくなったモランの愛槍。それはどんな武器よりも鋭くモランの心に傷を付けた。
「メイリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「ああああああああああ!!!!!!!」
「蘇生成功」
「っち。起きやがった」
「うわあああモランさん、大丈夫ですか?!」
「な……どういうことだ……?」
襲ってくる頭痛。モランの周りにはやはり、大量の豆が散らばっていた。
「ごめんなさい、モラン。まさか貴方がいたとは思わなくって……(笑)」
「あははー、モランさん、今日はついてないですね(笑)」
「……!メイリ……あ……」
そこにはきちんと、簡素な彼女(槍)の姿があった。傷や状態をくまなく調べ上げ、漸く安心するモラン。
「あ、モラン、大丈夫?! 倒れたと聞いたのだけど……」
「姫様……」
そもそもこうなる原因を作ったのはアリシアだが、心配してもらった事が少し嬉しく、なぜだか怒りは湧いてこなかった。
「恵方巻、食べましょう?」
ぴっかぴかの笑顔を前に、鬼護衛の顔もほころぶ。
「……はい」
今日がモランの厄日なのだと、誰が言ったのだろう。彼は今日も、幸せそうだ。
こんな日もある、とそれは思った。
——どんだけ槍好きなんだよ……。
モランの槍への愛、それは厄をも払う。
Fin